僕のひとつだけ たったひとつ どうか消えないでね

後悔

 

 

100%自分のために書いた文章を投稿します。

 

 

3月24日に感情でバーッと途中まで殴り書きしてから筆がぴたと止まり、何日も置いて、今は落ち着いてこれを書けています。

気持ちの折り合いをつけるためにどうしても、今の自分の言葉で文章にして書きとめ、すこしでいいから人の目に触れてもらうという作業が必要でした。多分「供養」ということだと思う。ネットスラングとしても、本来のいみでも。もし見つけたら、わたしの気持ちの供養の一旦を担っていただけたら幸いです。

 

 

現実の人が亡くなる描写があります。

 

 

 

 

 

 

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2024年3月17日

友達が亡くなりました。

厳密には、本人のXアカウントからご家族の代筆の投稿で知りました。

 

わたしがその人に最後に会ったのは去年末の12月2日、二日間あるアイドルフェスの一日目。彼自身の最後のXの投稿も、同じ日の夜だった。

以前わたしがおすすめしたグループ(きのホ。)の曲をすぐ聴いてライブで見てくれるようになって、そののちに、好きになってくれた。ハマり出している楽しそうにしている時期で、この2日間もきのポ目当てで来たようで、会場で会った。この日また別のおすすめのグループ(リリスク)のことも、新体制になってからもすごく良いから見たほうがいいよと言ったら、「見るつもり!いちばん信頼できるレビューサイト(わたしのこと)だと思ってるから」と言ってくれた。嬉しかった

 

この人は、8年ぐらい前に同じアイドルグループ(でんぱ組)を好きで知り合って、大きなグループのさまざまな人種のオタクがいる中でも「ファンアートを描く」というところがわたしと共通していて、仲良くなった。わたし自身現場に行くことが少なかったため会うことはたまにしか無かったけど、会うと楽しく話をしてくれて、今までお互いの推しの話もしたし、描いたものの話もした。7年前にお互いの推しが出るイベントのためはるばる青森まで遠征に行ったとき、お互いにスケブを描きあった(青森まで行ってスケブすな。)それを見返したら、わたしのはそんなに変わってないけど、その人は最新の絵と見比べると全然違ってめちゃくちゃ絵が上手くなってた。いいなあ。

 

同じグループを応援することが無くなっても、いつもわたしの描く漫画や絵の感想をくれていた。きっとわたし以外にも、たくさんの関わってきた人にも優しくて、気遣いのできる良いヤツ。

 

最後に会った12月2日も、色々な話をした。空いている時間にちょっとこれ見てとスマホを渡されて、CYNHNの綾瀬志希さんのインスタストーリーを見せられた。このひとは彼が心血を注ぐ大好きな人。同日CYNHNは台湾遠征に行っていた。そのストーリーの動画の中で「(彼の名前)羨ましいだろ笑」と他のオタクの声が入っている。特大私信じゃんと笑った。イベントに行ってないのに別料金とられないかなとか言いながら、めっちゃ嬉しそうにニヤニヤしていましたよ。

最近新しく好きになったきのポのことは、ほんとうにハマりたてのいちばん楽しいときで、このライブ行く?とか(応募するために)ファンクラブ入らなきゃって具体的な話もした。また同じアイドルを好きになることができて、これからたくさん楽しいこといっぱい一緒にできる!ってワクワクした。

あとは、(具体的な内容は伏せるけど)わたしのことを、最近すごいじゃんと言ってくれて、その流れで、今こういうこと頑張ろうと思っているんだよねという話を聞いてもらった。これは2月に投稿した、初めて描いた長編の漫画のこと。楽しみにしてると言ってくれた。読んでもらうことはできなかったけど。

 

わたしが先に乗る電車に乗ったところで、また明日ねと言いながら、彼はドライアイがやばくて目が開けられない(この日真冬の野外のライブだったこともあり)と目をしぱしぱしながら言ってて、人の少ない電車の中からホームに立って手を振る彼のしかめ面の写真を撮って、笑ってバイバイした。帰り道ずっと話をしていたのに別れてからもLINEで感想を送りあって、じゃあ明日も早いからがんばろうとかやり取りして、「明日もタイミング合ったら一緒に帰ろ〜✌️」ってメッセージがきた。それにスタンプで返した。

これが最後だった。

 

 

やりとりのあとも彼は熱心に感想をTwitterに投稿していて、おすすめして初めて見たというリリスクの感想を書いていて嬉しかった。

そしてこれが彼の最後の投稿になってしまったらしい。これっきりまったく投稿がなくなり、また明日ねと言ったのに、次の日は姿が見えなかった。でもこれはオタクあるあるだと思うけど、待ち合わせたわけでもなく「タイミングが合ったら」話すし、姿が見えないなと思いながらもその日は自分も見たいグループがたくさんあって、一人で回ってたまに別の友達と合流して別れて、また合流してのようないつものフェスの流れで一日を楽しく過ごした。

 

この日以降もばくぜんとどうしてるかなと別れ際に見たしかめ面をたまに思い出してふふっとなりながら過ごしていたけど、SNSの投稿はなく連絡も取れず、まわりの共通の友達の間でもだんだん心配の色が濃くなってくる。

それでもきっとなにか都合があってこういう場所(SNS)を離れているんだろうとか、どこかで元気に過ごしているのかなと考えてた。無責任な希望。ひとは、日々、心を占めるものや人ってたくさんあるからさ、365日その人のことを考えているわけじゃない。自分に都合の良い想像をすることしかしていなかった。実際、そうすることしかできなかった。

SNSや共通の趣味を通じた場所で知り合った友達というのは、すごく仲が良くても、本名も住んでる場所も知らなかったりすることがある。会えなく(会わなく)なった人、これまでにもたくさんいる。あまりにも無力で細い糸でのつながりでしかないのだと、今ならわかる。

 

 

3月17日。

この日はわたしの大好きで大切な人、ミキティー本物さんのお誕生日だった。しかもその日はライブがあって、生誕祭とは別の、お誕生日当日でもライブがある!と喜んだ。お昼はきのホ。のライブに行って、新宿に移動して2現場まわしをする、オタクらしい休日。

ミキが生まれた日、大好きな人たちは、永遠を「誓う」のではなく、「約束」をしてくれる歌を歌ってくれた。

そのときのミキの表情があたたかくて、嬉しそうで、嬉しかった。ライブハウスを出て友達とホクホク話しながら帰り、新宿駅で別れて一人になったときに、ご家族の方の投稿を見て、彼が亡くなったことを知った。

 

信じられなくて、心臓が止まるかと思った。こう言うのは比喩だとおもってたけど、ほんとうにそんな感じだった。しばらくなにも考えられなかった。

 

でもその投稿につく色々な人の気持ちやお悔やみの言葉を見て、少しずつ頭の中で「友達が死んだ」という事実が整理されてゆく。理解するけど、実感は無かった。

人間はこんなにもあっけなく突然さいごを迎え、日常が断絶するように終わってしまうことがあるらしい。それは自分も含むすべての人がそうで、それは当然で、当たり前のこととして、知ってるはずだった。

でも日々生きてるとそんなの、全然わすれてしまう。まさかすぐ近くで、ともだちに、そういうことが起こるなんて思ってもみい なかった。

 

 

 

ふと最後に話した、12月2日のことを振り返る。

 

あの日「また明日」と言って別れて、そのまま3か月以上音信不通になったから、その3か月の間に何があったかとか、詳しいことは何もわからない。わからないけど、

あの日、例えば今日楽しかったねってごはん一緒に食べてくとか、住んでるところが結構近いから電車の方面変えてもうちょっと一緒に喋って帰ろーとか、次の日すぐに今日いなかったねどうしたの?って連絡するとか

もしも、自分の選んだ行動が、ほんの少しちがっていたら、ちがう未来になったんじゃないかと思ってしまう。もちろん全然関係ないかもしれないんだけどさ、

それでも「もしも」は消えなくて、波が押し寄せて、のまれた。そしてこれは、一生正しい答えを知ることができないことなのだとわかった。

こんなに大きな後悔をしたのは初めてだった。そのことを実感したとき、ひとりでは立てなくなってしまった

 

 

こういう細い線の繋がりしかないのもあって、お葬式に行くとかは無い。というか知らされてもいない。ご家族のご厚意で、この世にいなくなったことだけは、知ることができた。

亡くなったことを知った夜、(1+1)×0=0の歌詞が頭のなかをめぐった。

 

どこかで生きているのに もう会えない人は

死んでしまったのと全然違う

そしてそれは時に同じで

 

きっと知らなければ、漠然とどこかで元気にしてるといいなと思いながら、ぼんやり過ごすだけだったと思う。実際、今まで知り合った人の中でふいに会えなく・会わなくなったような、そんな人は何人もいる。でもしんでしまったこと、知った。もう二度と会えないとわかったから、こんなに彼のことを考えているんだろうか。知らないままだったら、ひょっとしたらだんだん自分の中で存在が薄まっていって、簡単に忘れてしまっていたのかもしれない。

この歌詞、初めて見たときよくわからなかったのに。ミキ、これを書いた時どんな気持ちだったのかな

 

 

 

 

 

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こんなとき、どうやったら気持ちに折り合いがつくんだろう。

 

幸い、心を傾けるものは日々いろいろあって、

好きな人に会いに行くとか、遠征の準備をするとか、すごく楽しみなイベントが決まったり、頑張りたいことがあったり。

ずっと悲しみの中にいるわけではないけど、あの時の「もしも」はこの先も付き合っていかなければ・いくべきものだとも思っていて、あれから毎日ふとした時に思い出して、どうしたらよかったのだろうと考える。

実は行方不明になっていただけで、生きていて、また普通に一緒にライブに行くという夢を、何度も見た。眠りが浅いので毎日夢を見るし、夢の中でもわりとしっかり意識がある。変わらず彼が楽しそうにしてるのを見てなんだぁーって胸を撫で下ろして、目が覚めると、ああ夢かと絶望するの、何回もやった。夢でも会えて良かったとか無い。ただ悲しくて、現実だったら良かったのにと本気でおもう。

かなしくていっそう怠くなるのに、起き上がっていつも通り部屋の電気をつけて、カーテンを開けて、パソコンを起動して、今日も仕事を始めなくちゃならない。

今日も生きていかなきゃならない。

 

 

 

 

 

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何日か経ったあとで、書いては消してを繰り返していたXに、思っていたことをすこしかいた。

 

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そしたら、

 

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この通知がきて、大泣きした。

 

これがどういうことかと言うと。この桜寝あしたさん(らねちゃん)というのは、きのポのメンバーで、彼が好きになった推し。

好きになりたてで、現場に知り合いはほぼいなかったのだと思う。うまく言葉にするのがむずかしいけど、らねちゃんとわたしが彼の共通点だったのだと思う。伏せ・濁しまくった表現で伝わる人にだけ伝わってほしいと思ったことを書いて、らねちゃんがこれをいいねしてくれたことで、らねちゃんはこのことの意味がわかったのだと思うし、らねちゃんの中にも彼の居場所があることを知れたようで、嬉しかった。し、なんだろ…励まされた。

アイドルからこちら側に、個人的にできるアクションというのは、こちらが思う以上に限りなく少ないのだと思う。たくさんいるファンのうちのひとりにもう会えなくなったとしても、その人に対して個人的なメッセージを送ることはできない。でも、かわいい自撮り写真を上げたり、ライブの告知をしたり、いつも通りに振る舞っていても、それ以外の何も考えてないわけじゃない。限られた行動のなかでできる範囲のことで、指の動きひとつの、いいねするというだけで、気持ちを汲み上げてもらったような気持ちになった。ほんとうはこのことのお礼言いたいけど、多分この先、この話をすることは無いだろうとおもう。

でも、本当に、ありがとう

 

 

なんだかすごく、もう一生会えないんだなーと実感した。

 

 

 

 

 

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そんなときにふと、綾瀬志希さんの生誕祭のお知らせを見た。3月24日。亡くなったお知らせからちょうど1週間後のタイミングで、ソロライブ、しかも、生誕祭がある。

なんだか猛烈にこの日、綾瀬志希さんの歌を聞かなければいかない気がして、直感的に、完売していた公演のチケットを行けなくなった人から譲ってもらった。

このときのわたしは、勝手ながら、自分がすくわれたい期待がなかったとは、言えなかった。生誕って幸せな催しだから、絶対に葬式のような気持ちで行くのだけはしてはいけないと、それだけは心に誓った。

 

でも少し落ち着いて考えたとき、

勢いでチケットをとったものの、CYNHNのライブは何度も見ているものの明らかに他所の、誰なの?という顔がステージから見えたとして、もしかして(亡くなった彼)の…?と、当日のご本人の思考に支障をきたすのではないかという不安が出てきて、チケットを手に入れられたのに、行くのをすごく、迷った。

 

前日まで本当に迷っていた。

でも、3/24の前日の3/23、これもまた運命的に、大切な人の生誕祭があったので、行った。ミキさんの生誕祭ライブ。このときの幸せな空間を見て、ライブの最後に、真っ白とキラキラの飾りで包まれた天使みたいな人たちが、サプライズで新曲を披露した。最後のほうのまっすぐなぺいちゃんの歌唱で、すごく人間だなと思った。初披露のおぼろげな記憶しか無かった中、あとから、その部分はぺいちゃんにしか歌えない、未来への希望の歌詞だと知った。

ミキさんはものすごくすっきりしたかおしてるし、メンバーや、その場の空間にいる全員が満たされたかおをしていた。

それでなんだろ、素直に、「生誕祭、最高!幸せ!!綾瀬志希さんのことも、めっちゃ祝お!!!」と、勝手に励まされて明るい気持ちになって、

翌日、綾瀬志希さんの生誕祭に行った。

 

 

 

 

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3月24日。

前日のミキさんの生誕祭のあと、気持ちがいっぱいで、身体も疲れていて、遅めに起きる。それでも清々しい気持ちだった。原宿に用があってライブの前に寄って、雨の中、恵比寿まで歩いた。このときまだ結構寒かったけど、雨の土のにおいがすこしだけ春めいていたのが気持ちよかった。まだ全然思い出せる。

開場の恵比寿Createは、約5年前に二丁魁のライブを見に来て、友達の誕生日のお祝いをした思い出の場所でもある。開演ギリギリに着いたし、ソールドアウト公演だったから会場内はぎゅうぎゅうだった。段上の女限エリアの隅っこのわずかなスペースに収まって、体を斜めにひねってライブを見た。CYNHNのライブは何度も見たことがあるけど、綾瀬さんのソロを見るのは初めて。

生バンドとソロ歌唱がメインのステージ。一曲目のジンテーゼはCYNHNの曲で知っていた。綾瀬さんが口をひらいて歌いだしてすこししただけで涙が出てきてびっくりした。歌がうますぎるのはそうなんだけど、ダンスの無い、コードのついたマイクと身ひとつで、ひとはあれだけの表現ができるのかという驚き。綾瀬さんは全身と、自分の持っているものを全部使って歌をうたっていた。身振り手振り、顔の向き、床に突っ伏してみたり。それらが荒々しいものでなくて、全部に意味があるような気すらした。バチバチ表現者。本当に本当に格好良くて、ずっと見惚れてた。こういうところが好きだったのかなとかも思っちゃった

喋ると、歌声と全然違う独特なワールドを持っていて、でもそれが痛いキャラとかじゃなくて居心地が良くて、可愛らしかった。多分これは、圧倒的な地力があるからこそねじ伏せられる彼女の魅力。この日一日でこの人のことをすごく好きになった。歌っているところをぱっと見ただけで「天才だ!」って思ったけど、曲数を重ねるたびにまた違う面が見えたりして、これは努力のすえに積み重ねてきたものなんだなとも感じた。単純に歌がうますぎて、聴いているのも気持ちよくて、時間が溶けていく。メンバーそれぞれと二人ずつ歌唱をしていって、のちにメンバー全員が出てきて、耳に馴染んだイントロが流れた。

「あした地球がこなごなになっても」。大好きな曲。イントロで思わずわああ…!って言っちゃったけど、ゆっくり頭が理解していって、待ちかねる落ちサビの歌詞を先回りして想像してしまう。大号泣してしまった。

 

君がいるなら

たとえ世界が終わる日も

理不尽も矛盾も抱きしめて

最高のステージ見せてやる

 

この曲は、でんぱ組を好きになってわりと初期にリリースされた曲で、リリースイベントにも行った。知り合いがすこしずつ増えていくなかで、彼とも仲良くなった。その頃の楽しかった思い出が蘇ってきた。さすがに大泣きしちゃった。あと、みんなそれぞれ割り当てられたパートもめっちゃ合っていて、4人で歌いこなしていた。これがCYNHNというグループなんだ。

ありえないくらい大泣きしてマスクの下で鼻水をすすっていたのに、MCの時間で綾瀬さんが他のメンバーに自分の好きなところを言わせて、生ドラムロールを演奏させたのち「んー!ハッピ〜〜!」と言うくだりがあって、たくさん笑った。無理矢理ハッピーと言わされるくだり、最高かも。記憶が朧ろだけど、このあと一度目のアンコールがあって、そのあとまたソロ歌唱で、「今のCYNHNに共通するところもあると思ってこの曲を選びました」と言いながら、東京事変の「空が鳴っている」を歌ってくれた。シンプルに好きな曲だからやったーと喜んで、後ろのスクリーンにうつる歌詞を眺めながら聴いていたら、今まで意識したことのなかった歌詞がぐっと入ってきた。歌うひとの感情が乗ると、こんなにも別の輝きが生まれるのかとすごく、感動した。このグループを端から見ているだけのわたしにすら、切実な想いが伝わってきて、惹きつけられた。CYNHNも、綾瀬さんも格好良いなと思った。あと椎名林檎の歌声をあんなふうに自分のものにして歌いこなせる技術もすごい。

 

すべてを手に入れる瞬間をごらん!

スローモーション

今なら僕らが世界一幸せに違いない

あぶない橋ならなおさらわたりたい

神さま

お願いです 終わらせないで

 

素晴らしかった。そして、このあとに聴いた曲。

 

 

わたしは初めて聴いたけど、Lyu:Lyuの「メシア」という曲を歌ってくれた。

わたしはこのために、今日この場所に来たのだと思った。

でも具体的になんて書いたらいいのか、わからない。このメシアという曲の歌詞をそのまま全部ここに貼り付けたら、それがいちばん良くて、それで終わりなのかもしれない。

さきに書いた綾瀬さんのステージでの振る舞いの中で、一番わたしがすてきだと思ったのは、目線の動きだった。ライブハウスが割れて崩壊するんじゃないかという声量の声を放ったあと、マイクを口もとから離さず、じっと前を見る。部屋の一点を急に見つめる猫みたい。歌っているときに全然笑わなくて、本能的で能動的。獣みたい。

最後のほうに、ステージの真ん中に立って、フロアの上方の奥のほうをしばらく見つめていた。そのまなざしの強さがずっと忘れられない。この先記憶がうすまって、忘れてしまうことばかりだとしても、この一曲を歌ってもらった時間だけは、選べるなら、忘れたくない。それくらいわたしには意味のある時間だった。

 

たぶんあなたが居なくたって

世界が止まることはないし

おそらく僕が居なくたって

あの子は今日も笑っている

でも あなたが今日笑ったこと

他でもないあなたが笑ったこと

それで僕の世界は 救われたんだよ

本当さ

 

音楽ってすごいのは、かなり抽象的な表現で詞が書かれているから、歌う人によって意味が変わるものだし、それがまた聞く人によっても、その時どきでも変わる。この曲は、綾瀬さんの生誕祭でもう4年ほど?(友達が教えてくれたのに正確なのは忘れちゃった)毎年歌われているらしい。「音楽は世界を救う」みたいな言葉ってキャッチーでよく聞くけど、音楽が日々の生活のなかにある今も、それが実際にはどういうことなのかよくわかってない。のだけど、

わたしはこの日、この曲を歌う綾瀬さんのすがたを見て、聴くことができて、本当に、本当に良かったと思う。とにかくそれを強く思った。きっと天国まで届いてるよとか、彼もここに来たかっただろうから代わりに来れて良かったとかそういう綺麗事じゃなくて、わたし自身が、わたしの選択で綾瀬さんの歌を聞きに来て、良かった。

歌で心をすくわれた、ってこういうことなんだ。

ただ、不純な動機で来たという後ろめたさが少なからずあったけど、綾瀬さんがこの日の最後にXで、「あなたの捨てたい過去も大嫌いだったあなたも叶わなかったあれもこれも全部今ここでわたしが殺して抱きしめてあげる、という意味を込めてあなたのために歌ったよ。ありがとうございました。」と投稿していた。すこしほっとした。

「メシア」は、そういえば、救済者という意味でもあった。

 

終演後、久しぶりに会った彼と共通の長い付き合いのお友達と、別のお友達とも合流して、顔を見たらほっとしてまためちゃくちゃ涙出てきた。突然あらわれた知らない女が異常に泣いている異常事態。ライブを見たらそっと帰るつもりだったけど、ご厚意で綾瀬さんとチェキを撮ってお話できる券をもらった。(ありがとうございます)彼女と話したことは今までになかった(厳密にはライブ中のMCのやりとりでやり取りを拾ってくれたことはあるけど)ので、さまざまな緊張の中、お友達と並んだ。綾瀬さんはめちゃくちゃデカいフロア中筒抜けの声で終始楽しそうにオタクとお話していた。たまたま綾瀬さんと少し似た赤色をしていたわたしの爪の色を見て、「ちきと半分同じだね!」と言ってくれた。胸がいっぱいになって、あまりうまくは伝えられなかったけど、本当にこれてよかった的なことを言えた。でも多分、そんなじゃ全然伝わっていなかっただろうな。

わたしのこの先の人生のなかにおける、大事ななにかが、変わったような気がしている。それくらいの出来事だったんだよ、どこかでまたこのことのお礼が伝えられたら良いなあ。

 

 

 

 

 

たぶん、この日を境に立ち直りました!ということではない。

こういうのは、白黒はっきりするものではなくて、時間が経つにつれてすこしずつグラデーションのように大丈夫になるというか、いや大丈夫にはならないのかもしれないけど、日常でそれを背負うことが当たり前のように溶けていくものなのかな。

 

彼が亡くなってから数日後に、もう一生後悔したくない・しないって強く思った。

いつ突然人生が終わるかわからないから、もしなにか失敗したとしても、後悔するより良い。毎日なるべく全力で生きるぞ!って言葉にした。

 

 

 

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そんなときに、また新しい曲に出会う。

(この曲によってうまれたたくさんの想いがあるけど、そのことは少しずつ自分のなかで整理して、いつか別のなにかで出したい)

その曲のなかで、「今日から昨日を除けば後悔が残るのは当たり前だ」とわたしの好きな人が歌っていた。

 

 

そうだよね。

 

わかってた。

 

 

「後悔しない」って決意した日から多分もう、100個くらい後悔してる。

それは日々の小さな、例えばごはん作ってて塩入れすぎたとか、さっき一緒にあれ買っとけば良かったとか、やっぱりあっちの服着てくればよかったとか、そういうのもあるし、予約したバス乗り過ごして新幹線に切り替えて大金支払うことになったとかもある。まあそういうのはかわいいうっかりだから良いんだけど(良くはないんだけど)、たまに、自分のことが嫌いになるような、大きな後悔が起きて、打ちのめされる。

わたしは全然完ぺきな人間でも天才でもないから、そういうのを無くすのは無理だ。できないことばっかりだよ。そのことに気づかないふりしようとしたけど、全然無理だった。

 

 

でもいまは、

自分で本気で頑張れたと思うこと、少しずつ時間をかけてやっと見つけられた手のひらにあるものを離さないで、何でもやってみたいことに挑戦したいと、思えてる。それでまた失敗しても、後悔することがあってそのたびに落ち込んでも、大事なのはそこからどうするか・・・だよね?

そのことを少しずつ、時間をかけて自分で、確かめていきたいと思う。

 

 

せめて、いつか自分がしんだとき、

「あのことを諦めなければよかった」

という後悔だけは、したくないと思った。

 

 

 

だからわたしは、頑張ります!

 

 

 

 

 

まとまらないけど、日々過ごしていくなかで段々こういう気持ちがうすれてきてしまったらこれを読んで思い出せますように

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がんばるぞ〜!