僕のひとつだけ たったひとつ どうか消えないでね

今を輝かせるから[2023.9.9-10 沖縄日記・ノスタルジツアー沖縄公演]

9月9日、10日に沖縄に遠征した。その日記兼ノスタルジツアーの感想です。このツアーはとくに前後の記憶込みで覚えておきたいものだなと思うので、本編以外の個人的なこともたくさん書いてみている。またこれは私が見て感じたものの記録であり、あなたの記憶ではありませんので、ご安心ください。

 

↓日記などが長すぎるためすっ飛ばしてライブの感想に行ける

 

 

 

一日目。朝早い出発で起きれるか不安で緊張して眠れなかった。飛行機は格安鉄則のため自由席だったのに偶然隣がおなカマさんでびっくり。たくさんお話させてもらった。二丁目さんの沖縄遠征には台風がつきものという印象があり今回も心配だったけど無事沖縄に着いた。夏が終わりかけていたのを寂しく思っていたのに沖縄に着いたら空が青くて、陽射しがまだ夏で嬉しくなった。いつのまにこんなに夏のことを好きになったんだろうか。

一日目のライブは夜からでたくさん時間があり、友達が誘ってくれて海底の魚が見れる船に乗る。道中、この日の天気は曇りだったり晴れだったりでまだら模様の空を見て沖縄ってこうだったよなーと思ったり。

かわいい

海の色は空の色が映ったものだと当たり前に知ってるけど、本当にそのまま映っていて、このときはそれがあまりにも綺麗で高揚した。

船に乗り、船底で魚を見るためのスポットに移動するまで船頭に出る。潮風をきってぐんぐん前に進むのが気持ちよくて、海と空の境目の水平線を見て異常に興奮してみんな笑いながら良かったね!って言ってくれた。小さい頃から山に囲まれて川の近くで過ごした海なし県出身のわたしにとっては海は非日常でとびきり美しいもの。海、すごい。海感動。たくさん魚が見れたのも嬉しかったけど、海の底はびっしり珊瑚で埋め尽くされていて、そのことにも感動した。虹色の魚も見た。

写真は虹色の魚ではない

チョコスプレーかけちゃった

 

街に戻ってブルーシールアイス食べる時、すでにみんな疲れすぎて会話噛み合わず、学生のとき便宜上同じグループにいるけど本当はそんなに仲良くない人たちみたいな空気になって面白かった、多分何年経っても思い出すのってこういうときのこと。友達が沖縄らしい頭飾りを探して一緒にいろいろ回って国際通りでバッて選んで買った。わたしはプルメリアの花のクリップ。



リクエスト公演は結婚式の二次会をやるような、食べながら観覧できる小さなステージ。リハとかで履いてる黒スキニー、アロハにレイをかけたカジュアルな二丁目さんたちが出てきて、事前に書いたリクエスト用紙をメンバーたちが回収しにいくスタイル(なぜ…?)。こちら側は食べたり飲んだり、余興のような姿とゆるい空気の中なのに、一曲一曲がビシッと決まって惚れ惚れした。小さなステージでバッチバチのダンスのsee you、即興のぺいくれのばかあほはパート割完璧だし、小さく自信なさげにハモリを入れるぺいちゃんいとおしかった。ミキ筆のボク嫁を最前でしゃがんで見守るぺいくれ。ボク嫁を即興でやるのはかなり難しいのもありバタついていてがんばれがんばれって感じだったのにちらっと見えたぺいちゃんはベソベソ涙を拭っているのが見えてほんまに…LOVE。イントロの一斉ジャンプにスピーカーが耐えられずアカペラで歌った(おなカマがメロを歌った)勇者大好きだった。

この日、沖縄に来る前から何の曲をリクエストしようか、なんて理由を書こうか考えていて、どうしても聴きたかった曲を書いた。

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今の4人になってから沖縄に来るのは二度目。一度目のときも感じた個人的で後ろめたい気持ちがあった。二丁魁と一緒に初めて沖縄に来た2018年2月の遠征のことがずっと特別だということ。もう5年半くらい前のことだけど、そのとき国際通りで撮ってもらったぺいちゃんとの写メを今でもホーム画面にしてる。前回、全国ツアーで2021年12月に来たとき、Cyberboxに来るのが2018年ぶりだったから、当時のスタッフさんとそのことを話して「あの時は(当時の)るるむう衣装で、メンバーが好きに砂浜に寝転がったりするから砂がびっしりついて取るのが大変だった」なんて話を聞いた。今はもうそのスタッフさんはいなくなってしまった。当時同じ時間を共有したおなカマのほとんどは今はここにはいない。

日が紅さんの加入によって二丁目の魁カミングアウトにとって沖縄にくること=日が紅さんの凱旋という大切な意味あいになり、そのことを嬉しく思いながら、ひとりだけ2018年の沖縄に取り残されているような気になってしまって、情けなく寂しかった。懐古厨を免れられない自分にうんざりしながらも譲れないことでもあった。だからこそ、今の4人にyesterdayを歌ってもらいたいと思いながら、こんなことを自分で書いておいてもし読まれたら変な空気になるかなとか、自分ってわかってしまうよなと思い小さく(?)紙を挙げたり挙げなかったり、ほぼ諦めてトイレに行って戻ってくる間に別の人が書いていたリクエストが読まれ、yesterdayが歌われた。いちばん良い結果だったかも。嬉しかった。ぺいちゃんのあたたかな「忘れないで覚えていて」を聞いて、私だけはあのときのことを覚えていようと思った。

特典会で、2018年沖縄で聴いたyesterdayが特別だからこそ今の4人でのyesterdayが沖縄で聴けて嬉しかったという旨を伝えたら、ぺいちゃんがツーショのときにさっと砂浜のときの思い出のポーズをしてくれて悲鳴あげちゃった。ミキ「それってCyberboxでやったやつ?うちら(主催に)怒られたやつだ!」って言ってた(当時、持ち時間オーバーして泣きながら曲振りしたから怒られたっぽい)。次の日のサイン会でもその話になって、ミキが眉を下げながら笑って「あたし達が覚えてるから」と言ってくれた。特に表立って話さない・話す必要がないだけで、わたしが記憶しているのと同じ時間がまだあのふたりの中にあったらしい。

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ホテルのもろもろを済ませ友達と爆速でステーキ屋さんに駆け込み食べた肉、うまかった

神田スクエアホールでツアーファイナルを迎えた日も一緒にステーキを食べたよね、そのときはまだこんなに仲良くなる前だったよねと話した 何気なく一緒に過ごせる価値観の合う友達、いつも感謝、ありがとう

友達と別れて宿まで歩く道がいちばん疲れMAXでへとへとだった。会場の近くにとったから桜坂まわりの道を歩いて、いくつも綺麗なお店のネオンや道路を見たのにへとへとすぎて写真を撮れなかったのを後悔してる。国際通りはザ・観光地!なのに、ちょっと小道を入るだけで下北みたいな独特の雰囲気の落ち着いた通りがあった。次はそのあたりも行ってみたい。

予約したホステルは無人で、受付に鍵と簡単な説明の紙が置いてあるだけで、他の部屋の人の分も当たり前にそこに置いてあった。信頼すご

簡易ホステルおもろ〜と思いながらじんわり一日目の思い出を噛み締めて眠った。

 

 

二日目の朝、シャワーを浴びに行ったらシャワー室が屋上の開放的空間にありすげーとなる。

バスタオルがどこにもないことに気づき、ハンカチと前日着てた服で体を拭いて乗り切った(爆笑)髪切ってて良かった〜(?)ドライヤーがある部屋にエアコンがなく汗だくになった。宿代はケチってはいけないとわかりつつも貧乏人©︎なのでこういうのはやめられないし、終わってみるとなんだかんだ面白い記憶になる。

お花着けた

 

チェックアウトの時間に支払いをするはずが、時間を過ぎても誰も現れず(これが沖縄時間ってやつ…!)にいなかった場合はベッドの枕の下にお代と鍵を置いておいてくださいと書かれていたので、そうした ぴったりなかったのでお釣りはとっときな…と思い余分に置いてきた。30円。

桜坂セントラル近くの牧志市場にあったタイル

朝はサイン会に向かい、サイン会に行かない友達が私の分もポーたまを買ってきてくれた。本当に美味しかったよありがとう…友達、感謝

サイン会でミキぺいとは前夜の話をして、筆紅(というか日がち)にも話したいことがあった。前夜に前体制の沖縄の話をしてしまったけど、日がちの凱旋として来れるのももちろん嬉しいんだよというのをたどたどしく伝えたら、筆村が「どっちの気持ちもあるんだよね!」と言ってくれた。別れ際に日がちは「ありがとう、今日もまた一緒に思い出を作ろうね」と言ってくれて、泣きそうになった。

サイン会のあとのリリースパーティ。ノスタルジツアーには入れられなかったけどどうしても沖縄で歌いたかった曲を詰め込んだような感じ。それがおなカマによるリクエストでできた前夜のセトリと(一部ノスツアー本編とも)かなり被っていたのもなんだか良かった。ひふみよ、隕石に願いを、勇者か村人A、あるある言いたい。

このときの隕石に願いをがたまらないものだった、でも言葉にするのが難しい。桜坂セントラルの照明は天井のふたつの大きな照明が効いている。逆光が強くて、思い出そうとすると、少し奥まった位置にあるスタンドマイク越しの逆光の4人のシルエットが頭に浮かぶ。「空の青さとか 太陽のまぶしさ 何気ない大切さ」を歌う日が紅さん。何だろ…すごい、何だろ。すごいものを見させてもらってる気持ちになった。落ちのぺいちゃんの「もしもいつか多くの人に讃えられたとしても君があの日くれた小さな花や一言が」情感入れて強くではなく、そっと寄り添うような歌。「気持ちがこもってる」と感じる歌い方にも最近はいろんな歌い方がある。

最後のひふみよが、すごく珍しいような、ぱっと明るいひふみよで、ぺいちゃんはずっとにこにこしていた。険しいところはひとつもなくて、ノスタルジツアーを控えたこのときの気持ちによるものだったのかなあと思う。ひふみよはいつもぺいちゃんを追うことしかできないのだけど、番号が良く下手最前最端の見切れから見ていたら、アウトロのうーあああーのところでミキぺいをはさむ筆紅の、日がちの顔がよく見えて、ものすごいパワーのくしゃーっとした強い笑顔を見た。それがまぶしくて、この人のこういうところだよなと思った。

リリパですでに大泣きしてしまったんだけど、慌ただしく良かったと感慨深くなる間もなく時間が過ぎる。ていうか、この人たちやファン(うちら)にとってアルバムのリリースパーティってものすごく大切な意味のものと思うし実際そうだったんだけど、このあとすぐメンバーの凱旋ツアーがあるの、カロリー高すぎだろ!って思う!でもリリパのすぐ後だからこそのノスタルジツアーでもありその逆もあって、前後の出来ごとや気持ちも含めてのそれだし、ライブって生ものだとしみじみ感じる。

 

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2023.9.10

『ノスタルジツアー』沖縄公演

/桜坂セントラル


ノスタルジスター

ネコの恩返し

パラレルヤワールド

GAYSTAR

あるある言いたい

[mc]

勇者か村人A

カエルのうた

Good As Yesterday

そっ閉じ 青春

[mc]

an happy day(紅ソロ)

[mc]

やめらんない!とまらない!

耳をすませば

若くない者のすべて

dAnce surviver 1999

青春は何度でもやり直せるなんて嘘だ

[手紙]

ノスタルジスターOKINAWA

[mc]

BAKADEMO AHODEMO

シワの数だけ被GAY妄想

 


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後方段上エリアの前、ドリンクカウンター前。桜坂セントラルはステージが高いから後ろの方でも見やすい。始まる前のなんとも言えない「推しの凱旋」を控えたみんなの空気感がすきだった。これはノスタルジツアー特有のものだとおもう。

影ナレから日がち。生誕で聴いたことのあるみんなー!みたいな、いつもの超元気な呼びかけとは違った、落ち着いた感じが意外だった。「ノスタルジツアー沖縄、スタート。」ぺいちゃんのいつものスタートぉ〜!ともまた全然違う、息をたくさん吸ってゆっくり吐き出したような最後のこの言い方が厳かで、いっそう緊張感が増す。

ノスタルジツアーのセトリは個々で全然違うとはわかりつつも一曲目は必ずノスタルジスター。昨日までを過ごした沖縄のじんわりと温かな空気になじむような穏やかなはじまり。2曲目はネコだった。日がちっぽい!間奏のカチャーシー猫(カチャーシー猫?)がいつもより気合いたっぷりに感じて、かわいい。

パラ。ネコのアウトロ悩む病む〜からパライントロでぺいちゃんふらって後ろに倒れそうになる。なんかこのほかにもあれ?って思うときがあって、いつも体幹つよつよだからちょっと心配しました。「来年の今頃にも!!」が強い。最後ミキぺいの顔を見合わせるところ、「すべて変わったようで何一つ変わらない」でふたりの顔がくっきりして見えて、そうだよねって確認しあうようだった。

GAYSTAR、2A筆の「一人暮らしはすぐに慣れた〜」が穏やかで、一週間後に凱旋を控えた・先に同期の凱旋を一緒に過ごすこの人にも大きな影響があるんだろうなと思った。「きっと来年は今よりもっと」でしっかり意識して日がちとミキ筆の顔を見て嬉しそうな顔するぺいちゃん。かわいい。

あるある、きたー!って感じ!イントロ歌い出し直前のチャッチャッチャ〜♪のとこ、ぺいちゃんの動きフラダンスみたいだった気がする、かわいい。ラスサビミキ大ジャンプしてた気がする、かわいい。気合いの入ったイーヤーサーサー、現地で聞く「時の流れに身を任ちぇ(せ)〜」とびきりだった!「お前がほんとの宝物 大切大切日が紅」←ほんまにそう。筆のラストの台詞部分、「悪くない、サー!!」かわいい。

MCでネコの話。選曲したことについてぺいちゃんが「紅っぽ〜い」と言っていた。わかる〜

ネコの曲中にあるにゃーにゃーという鳴き声では、なんという言葉を言っているか本当にはわからないように、歌詞の言葉どおりの意味だけでなく気持ちを伝えられるように歌をうたいたい、表現したい、のような話。去年の生誕のときにもこの話が出て、その後の一対一のオンライン特典会で本人にも伝えたけど、ネコの歌詞にあるにゃーにゃーという言葉の意味を考えたこともなければ不思議に思うことすらなくて、日がちがきてくれたからこその大きな気付きだった。あれ以来ネコを聞くと、今日のにゃーはどういう気持ちなんだろ、とか考える。

勇者。とびっきり気合いたっぷりの1Aおは!よう!で最前の紅推し全員推しジャンしてるの見て大笑顔になった。サイコー!落ちサビまで楽しく見て踊ってたけど、「旅立ちを見送ってくれたふるさとには悪いけど」の日が紅さん、すごく、すごいものをみた。胸のあたりをぎゅうと掴んでぜんぶを使って表現するみたいな、「表現」って言葉よりはこぼれ落ちてしまうような、そんな感じ。「凱旋」ツアーで歌うためにこの日まで歌われてきたんじゃないかと思うような光景だった。

カエル。これは北海道公演のあとに書くべきことかもしれないけど、日がちも筆村も自分のパートが無いのにこの曲を選んでいることにグッとくる。このふたりって二丁目の魁カミングアウトなんだなあって。「死んでも忘れないさ」噛み締めるみたい。ぺいちゃんニッコニコだった〜

ここで調子が変わってGood As Yesterday。ここかあ〜!ってなった。「日曜日が終わるのが寂しくなって」で涙こらえるぺいちゃん。「一人きりの帰り道〜」でもなってた、かわいい〜 ぺいちゃんてほんと、自分の生誕とか凱旋よりメンバーの誰かのときこうなりがちなとこ。「ねえこの長すぎる〜」から順番に「昨日のことも今日もこの先もぜんぶ覚えておくから」を大事に大事に歌われた気がした。リリパのひふみよも、カエルの「死んでも忘れないさ」もそうだけど、忘れないから、覚えておくから、ってはっきり言われているようで、ミキに言われた「あたしたちが覚えておくから」を思い出して、ぐっときた。「約束とは希望なんだから今でも」の日がち、白くてファーって光ってた、前にいる紅推しの手の伸ばし方も優しく差し伸ばされていて綺麗で、その光景ごと、なんか変な例えかもだけど聖母さまみたいだった。

そっ閉じ、Aメロの手拍子でぺいちゃんまた泣くの我慢してるし、途中からミキが泣いてて顔をしかめてる。親…。何度も言っているような気がしているけど「過去を輝かせるから」が筆で「今を輝かせるから」を日がちが歌っているのがすごく好きで、このときもここが超良かった。「今を輝かせるから〜♪」のときにぺいちゃんが上手で手をバッて伸ばして掴む動作がめちゃくちゃ強くて、この日のベストパフォーマンスはこれだった。このことを特典会で伝えたら「すごかったの、フロアを見てたらみんなの顔がキラキラしてて、綺麗だったの〜」だって。そのキラキラに手を伸ばす姿があれだったんだと思うと泣いちゃうよ。

ガチゲイ口上いつも以上に日がちのところ強かった、歌いきったあとの日がちがうるうる、声も震わせて、「たくさんの愛してると、光をありがとう」のようなことを言う。3人がはけて、ソロの曲振りをした。

「ソロで歌わせていただく、歌いたかった曲は、an happy dayです。ぼくは昔から自分と人と比べて自分は全然ダメだなあって落ち込んだりすることが多くて、はじめてこの曲を聞いた時に、すごいって思いました。 人のことを良いなあと思ったりすることがあっても、いつか誰かに拍手を送れるような人になりたいって思った。もちろんそんなふうに思えないよって気持ちもあると思います。でもぼくは、誰も、悲しい思いをしてほしくないです。どうか誰も悲しい思いをしないように、ぼくがみんなに幸せを届けられるように頑張るから、この曲を聴いて、みなさんの大切な人にいつか拍手を送ってもらえたらうれしいです」(意訳)

an happy dayのイントロと一緒にステージがぼうっと暗く、紫とオレンジの照明がふたつ天井に点いて、あ、「日が紅」の色だ、と思った。フロアをゆっくり歩きながら歌う姿をじっと見てたら、ひとつも緊張や体がこわばっているところがなくて、ふと新体制初披露の11.11のことを思い出す。私は全然いつも見れているわけではないけど、この人はいつの間にこんなことができるようになったんだろう。

一語一語が力強くて、とにかくすごかった…。気づいたら涙がめちゃめちゃ出ていて自分でびっくりした。今まで何度この曲を聞いても、わたしは「そんなふうに思えないよ」って思ってしまう側で、あまり素直にこの曲を受け取ることができなかったんだけど、この日、このan happy dayが、今まで聴いたan happy dayのなかでいちばん心に届いた。「不幸な人を見たときに手を差し伸べられる様なそんな優しくなれなくても 大切な人がいつか幸せな笑顔を見せてくれたそんな時は 焦りも僻みもなく 大きな拍手送ってあげられるそんな人でいてほしいんだ」すごい歌詞だ。この曲が発表されたのはアルバムの発売と同時だったから当時から歌詞を見てるはずなのに、しかもこんなにかなり具体的でシンプルな言葉なのに、やっとすっと入ってきた。今までがダメだったとかでは決してなくて、わたしやっと、本当にやっとこの曲がどういう曲なのかちゃんとわかった気がする。このことが大きかった。

すこし違う話かもしれないけど、自分は人から疎まれたり嫌われたりすることが多分多いのだけど、悪意をぶつけられても相手を嫌いになることってできなくて。誰も悲しんだり怒ったり本来してほしくないって思ってしまって、それは普通に事実なんだけどわたしがそれを言うと偽善っぽくしかならないのに、この人が歌として歌うとこうなるんだって。素直でまっすぐで、こうなりたいと思う像でもあった。

 日が紅さん、すごい。

「大好きなメンバーを再び呼びたいとおもいます!ミキちゃーん!ぺいちゃーん!ふでちゃーん!」←なにそれかわいい。はーいって笑って出てくる3人。

「あなたはいつも笑顔でいようとしてくれるけど、でもそうじゃないときもあるってちゃんとわかってるからね」ってミキが日がちの肩を叩く。「誰かと比べたり人を羨むことがあっても最後には大きな拍手を送れるように、あなたならそれができる。出会う前にできた曲だけど、あなたに歌ってもらうためにできた曲かもしれない」という話を聞いて、ほんとその通りだなと思った。

号泣ミキ「何でこんなに泣いてるかわかんないけどぉ…」ぺ「親なんだよね、気持ちが笑」←言いつつ泣いとる。 ミ「一回泣きスイッチが入ってしまうと止められないの…ッ歳だから…」ぺ「わかるよ」←本当にわかるよの言い方

ライブ中の表現の話をすこしする。沖縄だから沖縄らしい表現をした、気の進まないランチ〜でいつもはティータイムみたいなカップの動作をする、沖縄ではソーキそば!って思っていたのに、でもいつものティータイムやっちゃった

紅「上司と気の進まないランチ…みなさんのことじゃないですからね!?」ミ「何も言ってないんだけど!!」 ぺ「涙をかえせー!!」←言い方かわいい ミ「以上!わたしたちゲイでもアイドルになれる〜!」(終わろうとする)このくだりかわいかった

「さあみんな!涙を一旦拭いて!」ここからはまた元気な日がちっぽい感じに。

やめとま、「時間は止まらないから最高〜!」のあとイェー!じゃなくてなんか違う言い方だった気がするけど忘れてしまった〜。ぺいちゃんも真似してた クレちゃんおかえり一緒に!ぱんぱん!みたいな、おかえりモードの遊びがいっぱい入ってる。耳すまも。(ほぼ記憶なし)

ここで若者のイントロが流れた時にふと、この曲も青春のことを歌っているんだよなあと思い出した。改めて歌詞を追ってみるとめちゃくちゃ日がちっぽいのかもと思った。「他人のことばかりいつも気になってしまう 自分のこと話すのは苦手なくせに」とか、MCでもたまに聞く紅は気を遣いすぎるから、という話を思い出したり。最後の「きっともっと輝くから 明日出会う人も出来事だって諦めない」の意志がめちゃくちゃ強く感じた!

ダンサバ。これもなるほどな〜という感じだった。間奏で「おきなわぁー!俺たちは、最高に楽しいよ!!」みたいなことを言っていてドキッとした。俺たち!?用意したものではなさそうな生の声で、ほんとに楽しそうだった。それを聞いてアガったのかぺいちゃんも落ち前間奏で「ねえ、沖縄だよ?そんなんじゃうちの日が紅が満足しねえだろ!!」みたいなこと言ってフロアがフゥー!!って沸いた。ダンサバの間奏はこういうのがええ、やっぱたまに出る女王みたいな人格だと誰!?になって笑っちゃう(ごめん)んだけど、こういうとこぺいちゃんの生の声っぽいと嬉しくてこっちも興奮する。

青春は、ダンサバまでの流れもありみんな楽しそうで活き活きしていた。ラスサビのときみんな穏やかな顔してて、「青春はやり直すものじゃなく焼きつくものなんだ」でぺいちゃんは目を細めて優しい顔だった。

今の日が紅さんから昔の自分へのお手紙(意訳)

「元気にしてますか?昔の自分!小さい頃からテレビが大好きで、たくさん元気をもらったね。僕も人に元気をあげられる人になりたくて、どうしたら出られるんだろうって考えてた。ミュージカルがすきで、俳優さんになりたくて、東京に行きたいと思った。決心して、東京に出てきてくれた高校生の自分には感謝してます。

ぼくはこの道を選ばなかったとしても幸せになれたかもしれないけど、二丁目の魁カミングアウトに出会えてこうしてステージに立ってみんなに元気をあげられること、とても嬉しいです。昔の自分は沖縄のことを、何もない、早く出て行きたいとわずらわしく思っていたけど…沖縄を離れてよかったと思うことがあります。いつも見ていた海はこんなに綺麗だったんだなって、近所にはいつもサーターアンダギーをくれるおばあがいて、沖縄の人はあったかいなあって。離れてみてわかったとか、大人になってわかったという言葉があまり好きじゃなかったけど、今はその言葉を身に染みて感じています。

元気にしてます、昔の自分へ。」

手紙の始まりや終わりの結びの言葉はぺいちゃんとは違っていて、おそらく特別打ち合わせて揃えたりはしていないだろうに、それぞれGood As Yesterdayの歌詞を引用しているのが印象的だった。離れてみてわかった故郷のうつくしさや良いところは、わかるものがあって、自分にも重なって涙が出た。

 

ノスタルジスターOKINAWA

太陽のようなまぶしい照明。イントロで海の波の満ち引きの音が聴こえてくる。

ノスタルジツアー東京公演のあと、もし自分がノスタルジスター◯◯(自分の故郷)を作るなら、川のすぐそばで育った自分は川のせせらぎを入れたいと東京公演の感想の最後に書いたんだけど、ノスタルジスターOKINAWAには波の音が入っていた。生まれ育った土地の当たり前のようにそばにある環境音は、故郷の音なんだなと漠然と思った。そして振り付けで様々な海の表現があるのを見ていて思ったのが、川はずっと普遍的で一定の音がし続けているのに対して、海は波の満ち引きがあるからいろんな動きがある。大きい波も引いていく波も激しい波も弱い波もあって、海って人間の感情みたいだなと思った。人が踊って海を表現しているからこそより一層そう思ったのかもしれない。イントロでフラダンスみたいな、あるあるの時の流れに身を任せ〜の3人みたいな波の動き、Aメロではクロールや平泳ぎ?左右に移動し続けて、3人はずっと日が紅を飾り付けるような、日常にある海を表していた。

「綺麗故に消えゆく思い出憶えておく手段いくつだってあったのにな」3人の波が左右にすばやく動いて引き潮のように見えて、まさに消えていってしまうものの象徴のようだったのが、「いくつだってあったのにな」でぐっと日がちが手を伸ばして3人をかき分けて前に出てきたのが、取り戻すみたいな。光みたいだった。Bメロの消えゆく美しさ、描きとめてみたい君をも同じ。

BAKADEMO AHOEMOが出たばかりの頃に、ミキにこの曲は青春のCメロ(振り返るとどこかに手を伸ばしたくなるような何かを置いてきてしまったような)のことを歌った曲だよね?と聞いたときにそうなの!と教えてくれたのだけど(このときのそうなのがどのくらい「そう」なのかは判断が難しいけど)、あれをもしこの人が表現するならこうなるのかもと思うような、誰も置いていかないように手を伸ばして掴んで引っ張るような力強さだった。

まぶしい太陽の日差しに顔を覆うような振り付けもある。

落ちサビの前「この一瞬を永遠に残すことはできない」でまわりの3人が指を上にぽつぽつ指す振り。「一瞬」を指すものでもありながら、星みたいにも見えた。「だから僕を誰かに残さないといけない」で、日がちが体を震わせて涙がこぼれそうになるのをグッとこらえる。ここだけ4人歌唱で、3人の声の加わり方が、がんばれ!って言ってるみたいだった。まさにこの歌詞のまま、絶対に残したい、届けたいという強い意志が伝わってきて、こっちが泣いてしまった。

この歌詞の部分、なんて言葉に残したらいいかわからないし、この歌詞以上の説明不要。日がちの歌う「大丈夫」は、ぺいちゃんの(あるあるの)「大丈夫」とは違った信頼感があった。このふたりってどちらも太陽に例えられることがあるけど、全然違う色をしている。どっちも好きだな。このときすごく、「この人がいるから大丈夫なんだ」って思えたのが嬉しかった。

最後、「誰かを愛しその心に居場所を作りたい」で左右にリズムとりながら中央に4人が寄り添っていく。もともとのノスタルジスターの振りにありながらいつもとは違う表現なのがすごい。そのときの穏やかな優しい顔まで海みたいで、この曲の間ずっと3人は紅さんを取り囲む海や空の事象、自然を表していたように思うんだけど、この最後の寄り添ったときにだけあ、二丁目の魁カミングアウトだ、って思って、ひとりで沖縄から東京に出てきて二丁目の魁カミングアウトに出会えた日がちのことを表しているように思えた。すごかった

最後かな、いつのまにかまた紫とオレンジの照明がステージの奥にあったことに気づいた。ずっとあったのかも。時間が経ってもあの光の色をよく覚えてる。

 

歌い終わったあと、張り詰めた緊張の糸がほぐれたような安堵感と充実感。ミキぺい「泣かないで歌えたじゃあ〜ん!」親だった

「泣きそうだったけど絶対泣かないで届けたいと思ってぐっとこらえて、歌えてよかった」ほろほろと決壊してしまう日がち。「ミキさんに歌詞をもらったときに泣いてしまって。ぼくはいつも悩んだり思ったことがあっても人に言えなくて、決断をするときに一人で決めることが多いんですよ。ぼく、見せてたつもりがなかったのに、ミキさんにもらった歌詞に『眩しすぎる太陽の下一人強くいると決心して振り返りはしなかった』ってあって…さっきも(an happy dayの前に)誰も悲しまないでほしいって言いましたけど、それも入っていて。ミキさんにはバレてるんだなって」1コーラスそのまま歌ってくれた。

ぺ「届いたと思う、良かったょ」←言い方がかわいかった、「ょ」だった

筆「移動中、紅があ!○○だ!って指差して、色々知ってるものをたくさん教えてくれたの、そういうのを見たり、沖縄の景色を見たりして、ここで紅が育ったんだなあって思った」

ミ「あんた偉いよね、あたし全部無視してて…ゴメン!(正直者)」ぺ「左に同じ!」日常が目に浮かんで、かわいい

ラストスパート。「大人になる過程で、『でも』っていう言葉をたくさん言ってきて、後悔するようなことばかりだったけど、”でも”それでもいいんだと思えた、大切な曲です」のような曲振りで、ばかあほ。満を持して!な感じだった。C前の日がちの「でもね…でも」が力強くてフルパワーで、そのあとのCのぺいちゃん「子供の頃みたく欲しいものにまっすぐ手を伸ばせたのなら楽になるのになぁ」が呼応するみたいな、感情をさらけ出すような歌い方で、この歌を選んだ日がちの代弁者のようにも見えた。ミキ筆も。

「ラスト〜!シワの数だけ!被GAY妄想〜〜!!」めちゃくちゃ日がちっぽい締めくくりで大笑顔!!やったあ〜〜って言っちゃた!楽しくてなーんも覚えてない!腹筋じゃんけんぐちゃぐちゃになってぺいちゃん勝敗がわからなくなってた。ぺいちゃん「平等に用意された〜」フリーのとこで手をひらひら日がちのほうにしてる。誰かが主役のときこれやるのかわいい〜。気づいたらミキが泣いちゃってた。落ち〜ラスサビにかけての多幸感がすごくて、なぜか漠然と、この時間も永遠じゃないんだなと寂しい気持ちにもなった。前置きで長々と書いたように、今ここで同じ時間を共有している誰かも、もしかしたら自分も次はここにいないかもしれないんだよなあって。それでもニコニコ手を振るみんなの顔を見てたら嬉しいな〜って気持ちだけが残って、まさに「ほんの少しだけ永遠 信じてみたくなる気がするんだろう」だった。

最後挨拶の後一人残った日がちが、大好きだよー!沖縄!!みたいなことをオフマイクで叫んでいたのがよかった。

ライブの後会場を出ると雷雨のあとの空で、じめっと肌にまとわりつくような蒸し暑さ。移動しながらも雨が降ったり止んだりだったけど、タクシーに乗って友達とごはんを食べに行った。

自分以外の3人は全員ソーキそばを頼み、紅生姜食べず、くれた

前日夜に無性に食べたくなった、初めて自分で注文してゴーヤーちゃんぷるー食べた!初めて沖縄にきたのは高校の修学旅行で、そのときは苦くて食べれなかったのに。

ごはんを食べた後、帰る前にどうしても浜に降りて海が見たくて、いつも沖縄遠征で特典会をしていた若狭海浜公園に歩いて向かった。20分くらいかな。雨が降ったり止んだりだしベタベタして蒸し暑かった。友達と歩きながら話していて、今見てきたばかりのノスタルジツアーの話と、いつの間にかそれぞれの子どもの頃や住んでいた(る)場所とか、昔の話をしていた。他愛もない話であんまり内容を覚えていないけど、それを話している時間がなんかすごく良かった。帰り道一人になってからこの時間のことを思い出して、これ込みでノスタルジツアーかも、と思った

2023.9.10

2018.2.24

ふと立ち寄ったあの場所は今でも、あった


今まで遠征にきたときは冬の海だったけど、今回ちゃんと夏の沖縄にきたから、遊泳エリアで区切ってあったのを初めて見た。着いたのはちょうど遊泳時間が終わるので上がってくださいとアナウンスされてるくらいの時間。すこしの時間でも海にふれたり、見れてよかった

ぺいちゃんが前に書いてくれたのと同じ相合い傘を書いて写真を撮ったんだけど、恥ずかしくなってどこにも上げられなかった(・・・)浜辺に何組か同じことを考えたおなカマがいて、一緒に写真を撮れたのも嬉しかった〜。飛行機の時間があるので、名残惜しく海をあとにする。

貝と珊瑚を拾った、Happy

長々とはじめに書いたけど、来る前はやっぱりどこか寂しさがあって、昔の思い出にすがるような気持ちを後ろめたく思っていた。でも帰る時にはそれがうすまっていて、この綺麗な海や空や太陽の下で育ったあの人の故郷にまた来たいという気持ちにもなれたことにほっとした。もう大丈夫。どちらのことも大事にしていいんだと思えたのは日がちのおかげです。今回来ることができて本当に良かった。

東京の家に戻ってきても、洗い流したはずのサンダルや服やチェキに砂がついてきていてザラザラするとあのときのこと思い出す。

 

帰る間際、an happy dayの照明みたいな空

 

次に沖縄にきたときもまた色んなこと思い出して苦しくなるかもしれないけど、こういう空を見たらあのan happy dayの光景を思い出すんじゃないかな

思い出せるといいな